2007年03月31日

佐川さんのランラン

◇あの人

 日本で最も長くジャイアントパンダの飼育に携わってきた上野動物園の飼育員、佐川義明さんが定年を迎えた、というニュースを見て、一瞬、30年前が蘇りました。あの人、たしか佐川さんだったね。

 79年、上野動物園の講堂は取材記者とカメラマンでいっぱいでした。ランランの死についての記者会見でした。当時は日本中がパンダで大騒ぎ。新聞の社会面では人間の死よりもランランの死が扱いが大きいなんてころでした。飼育責任者への激しい質問が終わった後、ランランの一番そばにいた飼育員が呼ばれました。壇上に上がった若者は大勢の記者におびえたように目を見開きました。そして記者の質問が飛ぶと、一言何かを言って走り去りました。涙を浮かべていたのかも知れません。いじめられた子供が逃げ出していくようでした。それが佐川さんだったと思います。

◇1人

 一番つらかったのは彼でしょう。マスコミはそういう人の表情、一言を欲しがります。多くの人はマイクを向けられると、断る術もなく答えてしまうので、視聴者、読者には、その人が納得して取材を受けたように見えるのでしょうが、本人はそうではなく、つらいことが多いのでしょう。私もそんな質問をぶつけてきました。多少は相手の気持ちを忖度してきたつもりではありますが・・・

 彼の逃走を「そうだよな」と納得していたら、常に思いやりに欠ける上司が「話を取って来い」と私に命じました。仕方なく、パンダ舎に行きました。彼は1人で掃除をしていました。檻越しに何回か呼びかけました。10メートルほどの距離にいる彼は、聞こえない振りをして、怒ったように乱暴に掃除をし続けました。全国の人がランランの死を悲しんでいるけれど、一番つらい思いをしている人なんだ、そう思うとそれ以上声をかけられませんでした。投げつけるようにほうきを使っていた姿を思い出します。

◇透明な一瞬

 あれから30年。佐川さんの「定年」に、同年代の私は、あの時の彼の姿、その時間がとても貴重に思えます。新聞には佐川さんの「涙が止まらなかった。悲しいのを通り越して、悔しくて。緊張と興奮でビールを飲んでも酔わなかった」という言葉が紹介されていました。やはりそうだったのだな、と思うと同時に、今、言葉にできるのは、あのときの彼の気持ちの何分の一だろう。そう思うと切なく、またあの時間、彼といた一瞬がとても透き通った大事な時間に思えます。佐川さん、ありがとうございました。

ラベル:パンダ
posted by 平野秋一郎 at 11:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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