2008年12月11日

大学は厳しいなぁ

 大学のeラーニングを広める活動で、全国の大学を巡っているが、どの大学でも「厳しいなぁ」「大変だなぁ」と同情してしまう。先生方に学生の行動や授業の様子を聞くと驚くようなことばかりで、最近では「こちらもですか」と驚かなくなってしまった。先生方も「すごいことになってますよ」などと苦笑しているけれど、困惑と寂しさが透けて見えます。
 
 大学生は評判が悪い。「分数ができない」と学力低下が問題になってから、「本が読めない」「日本語が分からない」などと揶揄し、慨嘆する本やら報道やらが出て、大学生の評価は地に落ちたように見える。テレビのバラエティ番組やクイズ番組では、相変わらず有名大学出身者を持ち上げているが、一方で有名大学出身というアナウンサーやタレントのレベルの低さがちゃんと実態を示しているのだからおかしい。

 芸能の世界は何でも消費してしまうからよいのだろうが、大学はそうは行かない。大学生の学力は相当すごいと思う。

 ある大学の学生に作文を書かせたが、日本語になっていない作文、小学生レベルのレポートが1人や2人ではなかった。たまに大学生らしいレポートに遭遇するとホッとするくらいだった。それくらいひどい。

 この大学だけの問題ではない。以前授業を見学した大学では、学生が英語でレポートを書いて発表した。英文は中学校レベルだったが、それでも自分で書いた英文である。英文などほとんど書けなかった学生に曲がりなりにも英文を書かせた先生の努力と指導力はすごいと思った。そこで学生の1人に「よかったね。ちょっと見せて」と声をかけた。にっこり見せてくれた英文のレポートには、全部、カタカナでルビが振ってあった。適当に読んで間違うどこかの首相よりは真摯だが、カタカナ英語には驚いてしまった。

 先日、地方の公立大学の英語の先生に会った。学力差はひどい、と言う。聞くと「TOEICで100点台から700点台までいる」と言う。つまり小中学生から大学生までが一緒に学んでいるということだ。これで授業をするのは大変だ。

 「日本語が分からない」「長文が読めない」という話もよく聞く。「学ぶ目的を持て」と諭したら「目的って何ですか」と聞かれたという話もある。冗談でも、話を面白くするための誇張でもない。訪ねた大学の多くでこういう「小話」を聞く。国公立も私立も、大学の規模も関係なく、学力低下エピソードがある。先生方も、あいさつ代わり、あるいは話を盛り上げ、場を和やかにしようと「困ったもんだ」と苦笑とともに語ることが多いが、「哀しい」と顔に書いてある。

 学力低下の原因の第1は、大学入試の多様化だ。今の大学の入試はすごいことになっている。入試が何種類もある。一般入試、AO入試、推薦入試などがあり、それに加えて「センター試験利用入試」だの「特別選抜入試」だのと細かく分かれ、それに「12月入試」「1月入試」だの、「特別枠」「スポーツ枠」だのとオプションが付く。多い大学だと、10パターン前後の入試がある。

 つまり「どれかで入れますよ」ということだ。少子化の時代、学生集めは大学の存亡を左右する大問題。教育改革も教育の質の向上もない。最大の課題は定員を埋めることというのが大学業界の現状なんですね。大学は全入時代なのである。だから、大学で学ぼうという意思、大学で学ぶに足る学力、大学で学ぶ目標画ない学生も入ってくる。

 先日、私立大学の先生に、現状を打開するためにeラーニングを活用したい、と相談を受けた。先生は「今は合格率100%」「誰でも入れる」と言い、「勉強は嫌いと公言する学生がいる」「工学系の学科なのに物理が嫌いという学生がいる」と嘆いた。学力低下を何とかするためにeラーニングを使いたい、と必死だった。

 学力低下は、大学の自業自得だが、そうとばかりも言っていられない。教育の構造を変えなければならないくらい大変なことだ。だが、今の文部科学省に対応できるとは思えない。現場から始めなければと思う。

 学力低下にはもう1つの原因があると感じています。それは次の機会に。

【関連する記事】
posted by 平野秋一郎 at 18:12| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 学力低下 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。