2008年12月02日

馬から落ちて

 最近、テレビを見ていてしばしば「いにしえの昔の武士のさむらいが馬から落ちて落馬して・・・」という文章を思い出します。子どものころ、重複表現をした時、親が「馬から落ちて落馬して〜」と拍子をつけて囃したせいか、重複表現を聞くと出てきます。

 近ごろのテレビ、特にナレーションは重複表現をはじめとしたおかしな表現が満載ですね。ナレーションを書いている人のレベルが低いのか、デスクの能力が足りないのか分からないがひどい。キャスターや記者の発言もおかしなものがたくさんあって、時々聞いていられなくてチャンネルを変えてしまうことがある。

 ライブの場合は瞬間、瞬間だから仕方ないのかな、と思ってみたが、そうでもない。明らかにおかしな言葉を発する人がいる。それも、したり顔で言うからなおさらおかしい。その都度のことで、いちいち覚えていませんが、インドネシアの津波の現場報告で「怒涛のような波が押し寄せてきた」と報告する記者が記憶に鮮明です。思わず「それが怒涛だろう」と突っ込んでしまいました。昨日聞いたのは「銃声の音が聞こえた」というので、これものけぞった。

 美しい日本語だの、正しい表現などと息巻くつもりもないし、言葉は作るものとも思うので、いろんな表現があってよいと思うが、もうちょっと何とかならないのだろうか。

 何で重複表現をするのか、考えたことがある。若い人たち、いや若くない人も最近は強調するときには、強い言葉、気持ちを乗せられる音を使いたがるように思います。繰り返しや促音など印象の強い音、力を込められる音を使いたがる。まあ、そうですよね。激しく怒った時は「いけませんわ」とは言わない。「バカ、死ねッ!!!」と言いますね。

 昔は「完全」という言葉を使って、これは普段使われる言葉では最上級でした。しかし、いつの日からか「完璧」という言葉が普通に使われるようになった。私にとって「完璧」とは神の業に等しい完全さという感じがあって、使うことはほとんどなかったから、はじめは違和感がありました。しかし若者は「カンペッキッ」と喜んで使っている。気分を込めやすいのでしょう。

 しかし、以前は、それほど強い表現は使わなかった。腹を立てた時、必ずしも強い表現をするわけではなかった。皮肉ったり、からかったり、さまざまな罵詈雑言で鬱憤を晴らした。慇懃無礼、面従腹背、ほめ殺しなどなど、いろんな言葉、表現で相手をやっつけ、嘲笑した。
最近はそういう悠長なことがなくなった。いや、そういう表現を知らないのでしょう。、強く表現したい時は、数少ない言葉から適当な言葉選ばなければいけないから、繰り返したり、重複させたりするのではないか、と思います。

 電車の車掌さんがよく言うのは「次の停車駅は***に停まります」ですね。「次の停車駅は***です」では、力が入らないのでしょうね。簡潔な表現は物足りないと感じるのかもしれません。今の学生の作文でも、少ない語彙で書くので、繰り替えしやくどい表現が見られます。読んでいて、うるさく感じます。やはり、子どものころから、じじばばやら近所のおじさんやらの、いろんな表現を聞いていないからという気がします。

 ま、漢字をちゃんと読めない首相が偉そうに差配する国だから仕方がないのかも知れないけど、やっぱり耳に心地よい、あるいはハッとするようなステキな日本語を聞きたいです。
ラベル:馬から落ちて
posted by 平野秋一郎 at 19:53| 東京 ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | 日本語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。